「領土保全」で何もできない不思議な国、日本


第6回

「領土保全」で何もできない不思議な国、日本

~実は、係争状態の維持に意味がある?~


政治アナリスト 花岡 信昭氏
2006年5月2日

日本は国家の役割を放棄しているのか


竹島問題で抗議するソウル市民

旗や小泉首相の写真に火をつけて竹島問題で日本に抗議するソウル市民(韓国・ソウル)
(写真提供:AFP=時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)
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 およそ国家の役割は、国民の生命・財産を守ること、領土を保全し主権を守ること、これに集約される。その点は誰も異存はないはずだ。だが、北朝鮮による拉致事件、さらに竹島、北方領土、尖閣を巡る領土紛争を見ると、この国は、国家の責務の最も肝心な部分が欠落しているのではないか。

 そこで、「竹島」だ。今回の一連の事態をどう見るか。率直に言って、軍事衝突に発展してもおかしくなかったケースではないか。土壇場の外交ルートでの決着が本当によかったのかどうか。

 案の定、盧武鉉大統領は「特別談話」を発表した。竹島問題への対応方針を全面的に再検討し、小泉首相の靖国神社参拝、歴史教科書問題などとともに「歴史認識にかかわる問題」と位置づけて、強硬な態度を取っていくという。竹島問題をランクアップさせてしまったのだ。

 「容北政策」にしろ、なんとも困った大統領なのだが、それほど政権の国内基盤がぐらついているということだろう。その点は中国の胡錦濤政権も同様で、外に「敵」をつくり、国民の不満をそらそうという古典的手法だ。

 「反日」はまさに、中韓首脳の権力基盤維持の道具に使われているのである。それに呼応し、理解を示してしまうお人よし(これは精一杯の表現で、本来ならば国際政治の何たるかを知らぬ愚者と言いたいところなのだが)の一群が日本国内にいるから、これまた厄介なことになる。




政治決着を回避したことは本当によかったのか
 それはともあれ、竹島近海の海洋調査を巡る日韓交渉では、外務省の谷内正太郎事務次官が韓国に乗り込んだ。筆者の知る限り、サラリーマン化したといわれる昨今の外交官のなかで、「最後のサムライ」とっていい硬骨漢である。

 外務官僚としては最高の仕事をしたということだろう。その点は十分に理解できる。だが、首相官邸は谷内氏が勝手に出向いて取りまとめたとして「戦犯だ」と怒っているのだという(週刊新潮5月4・11日号)。

 上海総領事館員の自殺の一件に見るまでもなく、例によっての、官邸と外務省の意思疎通の欠如が浮かぶ。首相官邸とすれば、政務の官房副長官あたりを派遣して、政治的に決着をつけたかったという思惑もあったのだろうか。

 これまで、日米貿易摩擦など、官房副長官が出かけていって取りまとめるといったケースが多かったが、これは事務レベルの協議が積み重ねられ、最後にかたちをつけるという意味合いが濃かった。今回は、相手が席を立ったのを呼び戻して協議を続けたというぐらいだから、お膳立てが整えられた上で政治家が出て行くというわけにはいかなかった。それほど切迫していたのは事実だろう。

 そうした意味で、谷内氏はすさまじい仕事をしたのである。だが、政治的決着ではなかったことで、盧武鉉大統領の特別談話を生むスキを与えることになる。外交ルートの限界だ。

 今回の合意によって、韓国は6月の国際会議で竹島周辺の海底地形の韓国名表記提案を行わないことになった。日本側は予定していた海洋調査を中止した。5月中にも日韓の排他的経済水域(EEZ)画定協議を再開することでも合意した。だが、その後、韓国側は大統領特別談話に即発されてか、6月の国際会議での韓国名提案を完全に断念したわけではないなどと言っている。

 竹島は1661年ごろ、太谷、村川両家が幕府から拝領、1905年、島根県への編入が閣議決定された。51年の講和条約では朝鮮を放棄したものの竹島は含まれないと日本側が主張、翌52年、韓国が領有を宣言して李承晩ラインを設定した。54年から、韓国は警備隊員を常駐させている。65年の日韓基本条約では竹島は紛争処理事項とされ、昨年、島根県が「竹島の日」を設定したことで、再び、ホットな「反日テーマ」に浮上した。

 韓国側は竹島を「独島(ドクト)」と呼ぶ。だから、「竹島は日本領、独島は韓国領」ということにすれば丸くおさまる、というのは悪い冗談で、問題は自国の領土であると主張するために何が必要か、韓国のほうが「巧みに対応した」ということだ。




領土問題の回避は、あるいは高等戦術なのか?
 領土を獲得するのに、「話し合い」で決着するなどということはまずない。フォークランド紛争でときのサッチャー首相は英国海軍艦隊を派遣、戦闘の末に奪取した。これが当たり前の国の当たり前の姿である。それができなかったところに日本の「国家の基本的対応が備わっていない、敗戦国ショックを引きずったままの状況」があった。

 本来は、韓国が警備隊を乗り込ませたときにこちらも兵を送って奪い返すのが「通常の」やり方なのだが、平和国家・日本はそれをしなかったのである。半世紀にわたって韓国の実効支配が続いているわけだ。日本側がいかに古文書を持ち出して、日本の領土でございますと主張したところで、国際社会は認めるだろうか。

 だから、今回は格好のチャンスだったのだ。海上保安庁の調査船が堂々と調査を行い、これを妨害されたら、正当防衛として対抗し、さらに自衛隊が出動する。軍事衝突が一度起きれば、今度は政治決着への道が模索される。

 「わが国固有の領土」という以上は、それを行動で示さなくてはならないのだが、こういう見方もできる。領土問題というのは、領有権を争っている状態を維持していくことが日本にとって最も望ましい、という考え方である。

 争っている以上、日本人は相手国をいつまでも「好き」にならない。常に警戒心が消えないことになる。これがへたに返還されたりすると、その国への「好感度」が一気に上がってしまい、状況に応じた外交的圧力などをかけにくくする。日本人というのは、一定の方向に「全面傾斜」する国民性があるから、領土問題ぐらいのトゲがあったほうがいいのだ。煮え切らない日本政府の態度は、そうとでも考えないと説明がつかない。

  • 最終更新:2009-08-06 02:33:27

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