大壽堂鼎 第三章 竹島紛争 1

大壽堂鼎 『領土帰属の国際法』 東信堂(1998)

第三章 竹島紛争

1 紛争の経過

 一九六五年六月二二日、東京で調印された日輯諸協定により、一四年越しの日韓両国間の懸案は、あらかた解決を見たが、竹島の帰属間題だけは満足すべき意見の一致がえられず、紛争を将来にもちこむことになった。政府は当初、竹島間題を含めての一括解決の方針を明らかにし、この間題を解決しないままで日韓交渉を妥結することはありえないという態度をとってきた。一九五四年以来、韓国がその実力を行使して竹島を占拠している事情にかんがみ、いったん正式調印がなされた後では、本問題の合理的な解決を期待することは困難であり、それゆえ、本件に関するかぎり、政府の方針は正しかったといえる。その後、全般的な交渉が進んでくると、政府の方針は、「解決のメドをつける」という表現に変った。しかし、竹島問題を日韓両当事国だけの交渉で終局的に解決してしまうことは、両国の見解があまりにも対立している点からみて、事実上ほとんど不可能であったから、解決のメドが、政府の年来主張してきた国際司法裁判所への付託を意味するならぱ、右の表現の変化は決して方針の後退とはいえず、むしろこの方式による紛争の解決がもっとも合理的だと思われたのである。ところが、全股的な交渉がいよいよ煮つまってくると、日本政府の方針は急速に後退し、解決の方式としては、裁判がひっこんで調停になり、そして、最後には、それすらも対象として竹島の名が明記されずに終った。かくして、韓国政府は、その当否は別として、竹島間題が紛争解決に関する交換公文の適用の対象とはならないと主張し、本間題において、竹島を韓国固有の領上であるとするその立場が貫徹されたと言明しているのである。*01

 このように、今次の日韓交渉において、竹島間題については日本側の一方的譲歩に終った感がある。そして、国会内においては、政府が竹島を放棄したのではないかという批判も出ている。政府はこの点を極力否定し、紛争解決のメドはついていると答弁しているが、結局、日韓関係の将来に関する大局的な判断から、当初の方針を後退させたように思われる。もちろん、交渉を妥結させるためには、要求をいつまでも固執するわけにはいかず、寛容と譲歩が必要である。しかし、このことは、事情により程度のちがいはあっても、当事者の双方についていえるのであって、片方だけが一方的な譲歩を強いられるいわれはない、もし日本側に妥結を急がなけれぼならない理由があったとしたならぱ、同じことは韓国側にもいえたのではないか。ところが、韓国の李外務部長官は、妥結後の韓国国会においてではあるが、「たとえ国交正常化ができないことがあっても日本の主張は受け入れられなかった」と言っている。*02
 そこで、竹島間題に対処する両国政府の意気込みがちがっていたと認めざるをえない。また、日本政府を鞭燵すべきわが国民一般にも、認識不足があったのではないかと思われる。

 本間題に関する認識不足は、第一に竹島の歴史について、第二に竹島の価値について存在する。竹島の歴史に関して、過去に島名の変更があったということは、初歩的な知識のはずである。この知識なくしては、どのような資料も誤って読まれる可能性がある。ところが、この常識が竹島を論ずる知識人の間においてすらまだ徹底していない。*03
 昔の竹島はすなわち欝陵島の別名であり、今の竹島は昔、松島と呼ぱれていたことは、つとに川上健三氏が指摘された通りである。*04
 日韓妥結の前後を通じて、竹島をあるいは日本領とし、あるいは朝鮮領とする古地図が発見されたと報適され、その都度国民は一喜一憂しているが、それは島名の混乱からくる誤解であって、今の竹島を朝鮮領とする地図は発見されていない。*05
 わが国においては古くから、日本海上、隠岐寄りに松島、朝鮮寄りに竹島(磯竹島)の二島があるという知見があった。ところが、一八四〇年にシーボルトがヨーロソバ人の航海により命名されたダジュレー島すなわち欝陵島と、それより朝鮮寄りの架空の島アルゴノート島に、日本での知見にもとづいて、それぞれ松島、竹島(タカシマ)の名を宛てた地図を刊行したため、混乱が生じたのである。その後、実測の結果アルゴノートが消え、逆に今日の竹島がフラソス、イギリスの船に測定されて、リアソクール・ロックス、ホーネット・ロツクスの名を与えられた。後年、明治政府がこの島を正式に日本領に編入する際、いったん消えた竹島の名を転用してこれに冠したため、昔からの松島、竹島の名称がすっかり入れかわることになったのである。

 次に、竹島はわが国がかかえている懸案の領土間題の中では、価値の小さい小島であることは認めなけれぱならない。日本海上に浮ぶ竹島は、東西二つの島と数十の岩礁から成っているが、その全部をあわせても約二三万平方メートルしかなく、日比谷公園より少し広いくらいで、南面に雑草が生えているほかは樹木も育たない裸岩の無人島である。しかし、竹島の価値は水の下にあるといわれる。竹島の領土権確保についての島根県議会の決議をはじめ、現地からの陳情では、竹島が日本海における重要水産資源地域であることを訴えている。*06
 竹島は江戸時代からアシカの猟場として、またアワビ、ワカメ、サザエ等の漁場として利用されてきたが、むしろ周辺水域の漁業の方が無視できない。*07
 果せるかな韓国の丁国務総理は、日韓妥結後の国会答弁で、「竹島周辺にも当然12カイリの専管水域がある」と言明した。*08
 調印式当日、わが外務省から発表された専管水域および共同規制水域を示す地図には、竹島はもちろん欝陵島の周辺にも専管水域は画かれていないが、竹島水域の漁業を独占しようとする韓国政府の意図は、交渉の過程において読みとることができなかったのであろうか。

 さて、竹島間題が口韓両国間の紛争になったのは、一九五二年一月一八日に、韓国が李承晩大統領の海洋主権宣言により、朝鮮半島周囲の広大な水域に設定したラインの中に竹島が含まれていたので、日本政府が同月二八日に抗議を行なったためである。日本はその際、右のいわゆる李ラインの設定に対して抗議するとともに、竹島についても、韓国がこれに領有権を主張しているかのように見えるが、韓国のかかる僭称または要求を認めるものではないことを明らかにした。これに対して、韓国も竹島を自国領土であると反論し、その後、文書による応酬が何度もなされたが、両国の主張は真向から対立して一致点を見出すことができなかった。その間、一九五三年七月には、わが海上保安庁の巡視船が、竹島で韓国の官憲から発砲されるという事件が起った。そして、韓国は竹島に領土標識を建設するとともに、一九五四年六月頃より沿岸書備隊を駐留させ、七月には灯台を設置して翌八月その旨を関係国政府に通告した。その月にはわが巡視船が再び銃撃を受けている。このような事情にかんがみ、日本政府は、これ以上韓国との間に交渉を継続しても、解決はきわめて困難であると認め、同年九月に、本紛争を国際司法裁判所に付託して、公平な第三著の裁判による平和的な方法で解決を図ろうと提案した。ところが、韓国はこれを拒否し、かえって既成事実をつみ重ね、実力による支配を確立しようと努めてきたのである。

 竹島間題に関する韓国の主張は、要するに、歴史的、地理的、国際法的に見て、竹島が韓国固有の領土であることは明白だから、交渉の対象にはなりえないし、まして第三者の裁断を仰ぐ必要もないというのである。これに対して、日本側は、韓国の主張を反駁するとともに、竹島が日本に帰属することは歴史的にも根拠があり、また近代国際法の領土取得の要件にも合致していると主張する。そこで、本間題がどのような形で処理されるにせよ、疑問点を後に残さないすっきりした解決を導くためには、まず両国政府が援用してきた根拠や事実を国際法規にてらして評価し、両国の主張のいずれが国際法上支持されるのか、はっきりさせておくことが必要である。


 *01 韓国国会一九六五年八月三日会議録第三号五頁(京都新聞、昭和四〇年一〇月一四日朝刊三面)。
 *02 同右。
 *03 文芸春秋昭和四0年一一月号に白井喬二氏が執筆された「徳川時代の『竹島』紛争」には、あたかも幕府が今の竹島を放棄したように書いてあるが、その「竹島」紛争とは後述の「竹島一件」のことであり、鬱陵島をめぐる紛争であることは明白である。また、「日韓間題を見つめる」を特集した朝日ジャーナル一九六五年一0月一0日号には、二三頁に欝陵島を竹島と誤記した地図を掲伐しているため、竹島が日韓共同規制水域内にあるという錯覚を与える。ジュリスト一九六五年八月一日号二0頁の図も、同じ誤りを犯している。
 *04 外務省条約局『竹島の領有』(昭和二八年)、9-33頁。なお、本書は川上健三氏が作成されたものであるから、以下、川上前掲書として引用する。
 *05 京都新聞、昭和四〇年七月一二日朝刊一四面には、竹島を朝鮮領とする林子平の地図が見つかったと報じているが、同、七月二〇日朝刊一二面には、竹島を日本領とする古地図二枚が発見されたとある。いずれも鬱陵島のことである。
 *06 田村清三郎『島根県竹島の新研究』(昭和四〇年)、137-138頁。本書は、豊富な資料にもとづいた詳細な竹島研究である。
 *07 昭和28年六月、島根県水産試験場の試験船島根丸は、竹島東方一一カイリの海域に新堆を発見してこれを神藤堆と命名し、この堆から竹島へ至る一帯の海域にサバ、サソマが求傾・産卵のために廻遊することを確認している。田村前掲書、一一九頁。
 *08 朝日新聞 昭和四〇年八月一三日朝刊五岡本稿脱稿後、一二月一八日に日韓条約.諸協定は、批准書が交換されて成立した。これに伴い、韓国政府は、「韓国の漁業に関する水域」を大統領告示で宣布したが、それには特別に竹島の名は明示されなかった。しかし、同政府は、韓国領である竹島の周辺一ニカイリにも、当然専管水域が設定されたとの立場をとり(同、一二月一九日朝刊二面)、もし日本漁船が無断で右の水域を侵犯すれば、断固たる措置をとると言明している(同、一二月二一日夕刊二面)。




  • 最終更新:2010-03-07 07:23:33

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