大壽堂鼎 第三章 竹島紛争 4

大壽堂鼎 『領土帰属の国際法』 東信堂(1998)


第三章 竹島紛争

四 解決の見通し

 以上の考察によって、竹島が国際法上、日本に帰属することは、明らかになっていると見なければならない。しかし、韓国は、竹島が地理的、歴史的の理由とともに、「争うべからざる法論理にてらして」韓国領土と不可分の一体をなしていると主張しており、日本と同様、国際法にその見解の正当性を根拠づげている。それ故、竹島の帰属をめぐる紛争は、いわゆる法律的紛争の様相を呈しているといえる。*01
 したがって、本紛争は国際司法裁判所に付託して解決するのがもっとも合理的である。この点において、主に裁判基準としての現行国際法に対する批判から、同裁判所を忌避もしくは敬遠している杜会主義国や一部のアジア・アフリカ新興諸国の場合と、事情を異にする。*02

 国際法上、領土紛争を解決する基準として認められている先占法規は、歴史的に見て、ヨーロッパ諸国の植民地獲得競争を規制するために主たる機能を果した。そして、アメリカ・アジア.アフリカの原住民が居住し、占有している土地をも合法的に奪取しうるものとした。しかし、それが今日、無人島の帰属を決定する基準として適用されることを妨げる理由はない。事実、韓国は、明治三八年の日本による領土編入措置が、国際法上の先占の要件に合致していないと主張するのであって、本件に先占法規が適用されること自体は少しも争っていないのである。そこで、韓国がその主張に自信があるのならぱ、日本の提案に応じて、本件を国際司法裁判所に付託し、公平な第三者の前で議論を展開すべきである。ところが、それに応じないのは、韓国がかえって自已の主張を、法律的に根拠薄弱であると自覚Lている故ではないかと疑われるのである。

 韓国は一九五二年以後、竹島について活発な権力行使をつづけている。しかし、近い将来に竹島紛争が国際司法裁判所に付託された場合には、紛争発生の期日以後の行為は証拠として採用されないだろうから、日本が勝訴する公算はかなり犬きい。けれども、注意しなけれぱならないのは、「事実の規範力」である。日本政府は韓国を刺激することを避けるため、今後も日本漁船が竹島周辺で操業しないように行政指導するという。*03
 もとより、韓国の実力による竹島占拠を排除するため、日本も実力を行使することは厳重に避けなけれぱならない。しかし、そうだからといって、今後竹島について消極的態度を持するとすれぼ、結局第三者により、日本が韓国の竹島領有を黙認したと受けとられるおそれがある。よしんぱ黙認と受けとられなくても、ただ単純に抗議をくり返すだけでは、イギリスによるフォークラソド島の実力占拠が、アルゼンチソの執鋤な抗議にもかかわらず、時間の軽過により結局世界から公認されてしまったように、*04
 竹島についても、「違法行為から権利が生じる」という事態を招かたいとも限らない。そうした結果を避げるためには、日本政府は可能なかぎりあらゆる手段を講じてこれを阻止しなければならない。*05

 今次の日韓会談妥結にあたり、紛争解決に関する交換公文がとりかわされた。それによると、両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、「まず外交上の経路を通じて解決する」ものとし、これにより解決することができなかった場合は、「両国政府が合意する手続にしたがい、調停によって解決を図る」ものとされた。漁業磁定や請求権・経済協力協定では、協定の解釈および実施に関する紛争が、外交上の経路を通じて解決できなかった場合に、仲裁委員会の決定により解決することが合意された。協定がまだ実施段階に入っていない現在(昭和四〇年一一月)、このような紛争が具体的に生じていないことはいうまでもない。ところが、竹島の帰属については具体的に存在する紛争が、今次の会談によって解決されなかったのであるから、交換公文の定める方式によって処理されるぺきことは当然である。ところが、韓国は、交換公文に竹島紛争の名が特記されなかったことを盾にとり、竹島問題が交換公文の対象にならたいと主張している。

 韓国は一貫して、竹島が韓国固有の領上であることは明自であるから、交渉には応じられないという態度を示してきた。*06
 しかし、竹島が韓国固有の領土であるというのは、韓国の一方的見解にすぎず、わが国も同島を日本固有の領土であると主張し、両国の主張は真正面から対立している。国際紛争は、事実の認識、または法律の解釈についての国家問の主張の対立によって生じる。そして、竹島間題についての日韓両国の紛争は、一九五二年一月に具体的に発生している。ところが、韓国は竹島間題を紛争でないという。国際司法裁判所が一九五〇年に与えた勧告的意見の中に示されているように、国際紛争が存在するかどうかは、客観的に決定されるべき間題であって、当事者の一方が紛争の存在を否定するだげでは、その不存在を証明するものではない。*07
 朴観淑教授はさすがに国際法学者であり、竹島間題が日韓両国の紛争であることをはっきり認めた上で議論を進めておられる。*08
 それ故、竹島紛争の処理に関し別段の合意がなされていない以上、交換公文の定める処理方式が適用されることは、いうまでもないのである。

 右のように、竹島間題が交換公文にいう紛争ではないと主張することによって、その客観的な解決を拒否するのは無理であるとしても、韓国は第二段階として、調停の手続について同意を与えないことにより、また、最終的には、調停案を受諾しないことにより、その目的を達成する可能性を与えられた。日韓両国間には、あらかじめ調停委員会が存在しているわけではない。また、漁業協定や請求権協定で、仲裁委員会の構成方法について詳細な取りきめがなされているのと同じように、調停委員会の構成方法が具体的に取りきめられたのでもない。「両国政府が合意する手続にしたがい」と明記してあるように、調停委員会の構成についてはもちろん、その権限や手続についても両国の合意が成立しなげれぱ、調停活動は発足しないことになる。また、かりに調停委員会が成立して、解決案の提示にこぎつけたとしても、それは裁判判決とちがって当事老を拘束する効力はない。このように見ると、紛争処理方法を定めた交換公文の実効性は、日本政府の忍耐強い説得と、韓国政府の誠意という、不安定な条件にかかっていると考えられるのである。

 竹島は既に論じたように、地理的、歴史的な見地からしても、韓国に属すべき止当な理由はない。解決の基準を厳格に国際法に限るのが政治的に好ましくないと考えるならぱ、衡平の要素を加味してもよい。Lかし、いずれにせよ、紛争の解決のためには、当事国の一方がこれを独断的に決定するという態度を改めるのが、なによりの先決間題である。日韓両国の関係は、三六年に及ぶ日本の植民地統治の事実からくる感情間題がからんでおり、理窟通りには運ぱない困難な事情があることは認めなげれぽならない。しかし、過去の植民地支配の償いは別の形でなされるぺきであり、領土間題をうやむやのうちに処理するならぱ、かえって両国の友好関係を阻害する要因を残すことになるだろう。韓国政府もこの点に思いを致されるよう切望したい。そして、本紛争の解決は、韓国の某高官の口から洩れたと伝えられる竹島爆破という破壊的な方向でなく、建設的な方向を目指すべきである。



 *01 皆川洗「竹島紛争とその解決手続」、『法律時報』一九六五年九月号、三八頁。
 *02 韓国は国際司法裁判所への付託を拒否する理由として、同裁判所に共産圏選出の裁判官がいることを挙げたと伝えられる(朝日新聞、昭和四〇年六月ニハ日朝刊一面)。しかし、これは理由にならない。右の裁判官は一五人中わずか二人の少数であり、しかもこの二人が日斡間の領土紛争について、特に韓国に不利な偏見を抱くとは考えられたいからである。また、本件に関し、韓国は国籍裁判官を選任しうることを忘れてはならない。
 *03 一一月五日の衆議院日韓特別委員会における水産庁長官の答弁。朝日新聞、昭和四〇年一一月六日朝刊三面。
 *04 板倉卓造「フオクラソド島の帰属間題(三)」、『法学研究』一三巻一号、一五・一六頁。板倉博士は、イギリスの同島領有の権原を、時効に求められた。
 *05 本稿脱稿後、政府が一二月一七日の閣議で、「漁業に関する水域の設定に関する政令」を決めたと伝えられた。それによると、島根県を合む西日本五県の区域内の本土および島唄の沿岸の基線から一ニカイリ以内に、日本の専管水域が設定され、竹島の名は明記されたかったが、実質的に竹島の周辺にも専管水域を設けた形になった。最少限の道切な措置というべきである。朝日新聞、昭和四〇年一二月一七日夕刊一面。
 *06 大韓民国政府『韓日会議白書』参照。門世界週報』一九六五年四月二〇日号、四〇頁。
 *07 ブルガリア、ハソガリーおよびルーマニアとの平和条約の解釈に関する事件(第一意見)。ICJ.1950.p74 皆川洗『国際法判例要録』(昭和三七年)、二〇三頁参照。
 *08 朴観淑「独島の国際法上の地位」、『思想界』一九六〇年八月号(外務省北東アジア課訳による)。


  • 最終更新:2010-03-07 09:06:49

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