獨島に対する大韓民国政府の基本的立場


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Date 2008-09-10 11:18 Name 주일본대사관
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 獨島が我が国の領土であるという政府の立場はたいへん確固たるものである。獨島は地理的、歴史的かつ国際法的根拠から明白に大韓民国固有の領土である。

 鬱陵島から87.4km離れている獨島は、東海上の美しい島である。かつて朝鮮初期に官撰された『世宗実録』地理誌(1432年)には、「于山(獨島)・武陵(鬱陵)…二つの島は互いにそれほど離れておらず、天気の日には眺めることができる」と書いてある。それを裏付けるように、鬱陵島から天気の日にしか肉眼で見られない島は、獨島が唯一であり、鬱陵島の住民たちは自然に獨島が鬱陵島に属すると認識していた。

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資料1. 鬱陵島から見た獨島
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資料2.『世宗実録』地理誌(1432)、奎章閣所蔵

  最近の調査によると、鬱陵島には先史時代から人が暮していた可能性が高まっているが、文献に記載されたのは6世紀初頭(512年)に新羅が于山国を服属させたときからである。『世宗実録』地理誌(1432年)によると、この于山国の領土は武陵島(鬱陵島)と于山島(獨島)になっており、その後の主要官撰文献である『高麗史』地理誌(1451年)、『新増東国與地勝覧』(1530年)、『東国文献備考』(1770年)、『萬機要覧』(1808年)、『増補文献備考』(1908年)などにも、獨島の古地名である于山島が記されてあることからその地名が20世紀初頭まで継がれたことがわかる。このようなことから、獨島は持続的に我が国の領土であったことが明確にわかる。

  朝鮮の粛宗時代に安龍福が日本に拉致(1693年)された事件により朝鮮と日本との間で領有権交渉が行われた結果、1696年に幕府が日本人の鬱陵島への渡航を禁止することで獨島の帰属問題が決着した。また明治時代に、最高行政機関であった太政官は島根県の地籍編纂に関する内務省からの稟議をもとに、竹島外一島、即ち鬱陵島と獨島が日本とは関係がないことを心得るよう指令(1877年)を発した。これらは、獨島が日本の領土でないことを日本が認めた明白な証拠である。
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 資料3. 光武4年「勅令第41号」(1900)、奎章閣所蔵 

  20世紀に入って大韓帝国は、光武4年(1900年)「勅令第41号」により、石島、即ち獨島を鬱陵郡の管轄下におく行政措置を通じてこの島が我が国の領土であることを明確にした。1906年、沈興澤鬱島(鬱陵島)郡守は島根県の官民で構成された調査団から、獨島が日本に領土編入されたことを知り、直ちに江原道観察使に「本郡所属獨島が…」と上申書で報告した。これは大韓帝国が「勅令第41号」(1900年)に基いて獨島を正確に統治範囲内として認識・管理していたことを示す証拠である。一方、その報告を受けた当時国家最高機関であった議政府は、日本による獨島の領土編入は「事実無根」であるため再調査を命じる「指令第3号」(1906年)を発することで大韓帝国が獨島を領土として確かに認識・統治していたことを示している。

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資料4.「江原道観察使署理春川郡守李明來報告書号外」(1906)
及び議政府参政大臣「指令第3号」(1906)、奎章閣所蔵

 それにもかかわらず日本は、1890年代から始まった東北アジアに対する帝国主義的侵略の過程で発生した日露戦争(1904∼1905年)の間、無住地の先占の法理に基いて「島根県告示第40号」(1905年)により、獨島を侵奪した。そのような日本の行為は、古代から大韓帝国に至るまで長期に亘って確立されていた獨島に対する確固たる領有権への侵害に当ることから、如何なる理由があっても正当化できない不法で、尚且つ国際法的にも効力のない行為である。

 1945年、第2次世界大戦の終わりに伴って、日本は暴力と貪欲によって略取した全ての地域から追い出されるべきであるというカイロ宣言(1943年)により、我が国固有の領土である獨島は、然るが故に大韓民国の領土となった。それに付け加えて、連合国による占領統治期間中にも「連合国総司令部覚書(SCAPIN)第677号」により、獨島は日本の統治・行政の範囲から除外された経緯もあり、そのことはサンフランシスコ平和条約(1951年)でも再確認された。その後、我が国は現在に至るまで獨島を実効支配してきた。このような事実に照らし合わせて、獨島に対して地理的、歴史的かつ国際法的に確立された我が国の領有権は、現在まで中断されることなく継がれてきた。

 大韓民国政府は、我が国固有の領土である獨島に対する紛争は存在せず、どの国とも外交交渉又は司法的な解決の対象にならないという確固たる立場を有している。今後、政府は我が国の獨島に対する領有権を否定するあらゆる主張に対して断固かつ厳重に対応するとともに、国際社会に納得してもらえる冷徹で効果的な方策に頼る「冷静で断固たる外交」を展開していく方針である。


資料2.『世宗実録』地理誌(1432)、
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資料3. 光武4年「勅令第41号」(1900)
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資料4.「江原道観察使署理春川郡守李明來報告書号外」(1906)
及び議政府参政大臣「指令第3号」(1906)、
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  • 最終更新:2009-03-03 13:47:12

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