第二三号 松島巡視要否丁 田辺太一

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 聞く 松島は我邦人の命せる名にして其実は朝鮮蔚陵島
に属する于山なりと 蔚陵島の朝鮮に属するは 旧政府
の時一葛藤を生し 文書往復の末 永く認て我有とせさ
るを約し 載て両国の史に在り 今故なく人を遣てこれ
を巡視せしむ 之れ他人の宝を数ふといふ 況んや隣境
を侵越するに類するをや 今我と韓との交 漸く緒に就
くといへとも 猜嫌猶未た全く除かさるに際し 如此一
挙よりして 再ひ一隙を開かんこと 尤も交際家の忌む所
なるへし 今果して聞くの如くならんには 断然松島を
開くへからす 又松島の未た他邦の有に 属せさるもの
たる判然たらす 所属曖昧たるものなれは 我より朝鮮
へ使臣を派するに際し 海軍省より一艘の艦を出し之

れに投し 測量製図家 及生産開物に 明かなるものを
誘ひ 彌無主地なりやも認め 利益の有無も慮り 後ち任地
につき 漸と機会を計り 縦令一小島たりとも 我北門の
関放擲し置くへからさるを告くて 之れを開くに しか
さらんか故に 瀬脇氏の建言する所 採る能すさるなり


松島は我が国の邦人が名付けたもので、実体は朝鮮の蔚陵島に屬する于山である。蔚陵島が朝鮮に帰属するということは、徳川時代に交渉(葛藤)があり、我が国の所有でないと証明する文書をやりとりした結果のことであり、それは両国の歴史に記載されていることである。それを今になって理由もなく人を派遣して巡視させることは、他人の宝を数えるようなものである。我が国と韓国とはようやくその交渉が始まったものの、猜疑心がなお除かれておらず、こうした一挙一動でまた間隙が広がることは、両国間の国交を進めている者達にとっては是非とも避けたい事態である。

まして、イギリスやロシアの船を雇って赴くことは、彼等が最も忌み嫌うことである。例えその島が韓国に属さないとしても、全くの南の無人島を開発して琉球藩としても識者はそれは間違いであると言うだろう。今我々がすべきことは国を静養させることに務めることで、朝鮮を刺激してかき乱すことは、決して得策ではない。松島は断じて開発できないし、またすべきではない。それを知りながら巡視することは、無益であるのみならず、後々に害をもたらすことになるであろう。



以上 甲乙丙丁の議紛 定らさること如斯にして 巡見の
ことも其止たりしに 明治十三年九月に至り 天城艦 乗
員海軍少尉 三浦重郷等 迴航の次 松島に至り測量し 其
地即ち 古来の鬱陵島にして 其北方の小島 竹島と号す
る者あれ共 一個の巌石に過さる旨を知り 多年の疑議
一朝永解せり 今其図を左方に出せり

  • 最終更新:2009-03-01 02:36:17

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