15404 弊境之鬱陵島・貴界竹島

 弊境之鬱陵島・貴界竹島

2007/ 2/16 11:11 [ No.15404 / 17395 ] 
 投稿者 :  take_8591  

元禄7年(1694)9月外交文書(朝鮮→対馬)
  弊邦海禁至厳制渡海       朝鮮の海は、渡海を厳しく禁じている。
  漁民使不得出於外洋難      漁民は、外洋に出ることができない。
  弊境之鬱陵島 亦以遼遠之故   弊境の鬱陵島は、その遠きが故に、
  切不許任意往來         任意に往來することすらできない。
  況其外乎            況んや、其外にある島なれば
  今此漁船 敢入貴界竹島致煩   漁船が、敢えて日本の竹島に入ろうや!
                       (竹島考證中 第2号より)

 本文書が、21世紀の韓国から送られてきたものであれば、竹島の領有権は日本に帰することになります。17世紀末の古文書であれば、他の解釈が可能なのでしょうか。
 先ず、安龍福が逮捕され領有権争いになっているのが、竹島であり、鬱陵島であることを、朝鮮は知っていました。にも関わらず、「竹島」と「鬱陵島」が別に在る様な文言を示した意図は不明です。
 そして、本文書は竹島と鬱陵島の間に国境線を引いています。この時の朝鮮が、竹島を認識していたか否かについて争いがありますが、朝鮮の版図認識が鬱陵島迄であったことは明瞭です。
 その後、朝鮮は清から完全独立し大韓帝国を称し、その版図の東限が鬱陵島であることを「大韓全図」により宣言しています。

正誤訂正 2007/ 2/16 13:26 [ No.15405 / 17395 ]
投稿者 :  take_8591  
 
誤 元禄7年(1694)9月外交文書(朝鮮→対馬)
 ↓
正 元禄6年(1693)12月外交文書(朝鮮→対馬)

  • 最終更新:2009-03-09 20:08:20

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