a16569 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝鮮領

 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝鮮領

2008/ 5/19 23:11 [ No.16569 / 17395 ] 
投稿者 :  ararenotomo1  
 
1714年の江原道御史趙錫命の上記報告にある「接于倭境」を、Gerry Bevers氏は自己のブログで“that (an island) links to (or is on) the border of Japan”と英訳し、この島を日本領としました。これは、直ちにdokdo-takeshima.com氏によって、「接」はこの場合“being near, bordering or adjacent to”と訳すべきで、この島は日本領ではない、と反論され、Bevers氏は沈黙してしまいました。

私もcommentを送りましたが、掲示されなかったので、ここに書きます。


Gerry Beversさん

大変興味深い韓国資料の紹介に感謝しています。
I thank for your introducing very interesting Korean articles.

“the 1714 passage”について、「欝陵之東島嶼相望接于倭境」を“Visible to the east of Ulleung is an island that links to (or is on) the border of Japan.”と訳したのは、一部は正しく、一部は間違っていると思います。

I think 「欝陵之東島嶼相望」“visible to the east of Ulleung is an island” is correct, but “that links to (or is on) the border of Japan” is incorrect. 「接于倭境」 does not mean “links to (or is on) the border of Japan”. The character 「接」 means to “connect”, “join”, or “touch”. But I think 「接于倭境」 should be translated as “adjacent to the border of Japan”, as dokdo-takeshima.com says.

林羅山『本朝地理志略』(1643)の「陸奥國」条に、「蝦夷島」は「與匈奴相接」と書かれています。この記述をGerry Beversさんのように解釈すれば、「蝦夷島」に「匈奴」があるということになりますが、事実は違います。「蝦夷島」の先が「匈奴」です。

If 「蝦夷島與匈奴相接」 described in “Mutsu Province” of “Brief Summary of Japanese Geography” by HAYASHI Razan is translated as “Ezo Island(蝦夷島) links to (or is on) Kyoudo(匈奴)”, it means “Kyoudo” extends up to “Ezo Island”. That is not the case. “Kyoudo” is beyond “Ezo Island”.

「欝陵之東島嶼相望」についてはGerry Beversさんの解釈が正しいと思います。「望」は「遠くをみる」の意味がありますから、この島嶼は遠くのLiancourt Rocksでしょう。

「欝陵之東島嶼相望」“visible to the east of Ulleung is an island” is generally right. 「望」 means to “see in the distance”. Therefore, I am sure the island visible to the far east of Ulleung is Liancourt Rocks.

「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵ノ東ニ島嶼ヲ相望ム、于(ここ)倭境ト接ス」と読めます。「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と解釈します。

My Japanese English for 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」 is as follows:
“To the far east of Ulleung we can see an island, which is adjacent to the border of Japan”.

The passage in 1714 is evidence that Koreans have recognized Liancourt Rocks as Korean territory.


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/20 22:00 [ No.16570 / 17395 ] 
投稿者 :  chaamiey  
 
「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

 これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。

 「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで、相対的なものです。竹島(Liancourt Rocks)ではなくて鬱陵島の隣の竹島(chukdo)の場合でも「望」を用いる可能性はあります。

 趙錫命は朝鮮本土にいて江原道の海防を論じています。朝鮮半島から鬱陵島まで140km、その鬱陵島から竹島(Liancourt Rocks)までさらに90km。上の簡潔な文章は、「望」の字以外に、そのように遠く離れた島のことを含めて記述しているように見えるものはありません。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境

「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

 鬱陵島の東の島とは、隣接する竹島(chukdo)を指すと見るのが妥当でしょう。私は「欝陵島の東に島が見えるが、その島(chukdo)の先は倭である」という意味だと考えます。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/21 0:20 [ No.16571 / 17395 ] 
投稿者 :  puracyaka2007  
 
>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島
>(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう
>読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

chaamieyさんこんにちわ。
島嶼=Liancourt Rocksでしょうか。
仮に「欝陵之東一島相望接于倭境」ならば一島=Liancourt Rocksという解釈は成り立つかもしれません。しかし、島嶼とは明らかに複数の島を指します。鬱陵島からLiancourt Rocksはかなり気象条件が良く、かつ高所からでないと見えませんし、見えた場合でも複数の島と認識することはまずあり得ないでしょう。
鬱陵島の東海岸には竹嶼を筆頭にいくつかの小島がありますから、これならば島嶼という表現はぴったりです。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/21 23:29 [ No.16582 / 17395 ] 
投稿者 :  chaamiey  
 
puracyaka2007さん、

 朝鮮半島から見て鬱陵島の向こう側には竹島(chukdo)、観音島、その他の岩、そして遠くに竹島(Liancourt Rocks)があるわけなので、強引に読むなら読めないこともないかと思いました。そのことを強調したいわけではありません。



lib_1964_1982さん、

 「眼前に望む」、「遥かに望む」、「望」の使い方もいろいろあるようで、そこに込められた距離感はやはり場合によりけりでしょう。

 方角についてですが、「欝陵之東島嶼相望接于倭境」という情報のもとをたどれば、それは現地鬱陵島の状況を良く知っている者から出たはずですね。そして、その人物が竹島(Liancourt Rocks)の存在を知っていたと仮定しての話ですが、竹島のことを説明するときに「鬱陵島の東にある」とは言わないと思います。



 これは メッセージ 16571 puracyaka2007 さん及びメッセージ 16577 lib_1964_1982さんに対する返信です。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/23 5:59 [ No.16599 / 17395 ] 
投稿者 :  puracyaka2007  
 
chaamiey様

>「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

賛成です。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境 の後に
戊子壬辰 異攘帆穡 漂到高杆境 倭船往來之頻數 可知.
とありますが、倭船往來之頻數していたのは鬱陵島としか読みようがありません。全体の文脈として、接于倭境なのは鬱陵島そのものだと思います。


 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は独島

2008/ 5/23 23:02 [ No.16621 / 17395 ] 
投稿者 :  ararenotomo1  
 
しばらく留守にしており、パソコンを開けたら、私が投稿した話題で盛り上がっているのに驚きました。もう私の出る幕ではなさそうですが、最初にresponseを寄せて下さったchaamieyさんにお答えします。

chaamieyさん

早速のcommentを有難うございます。

>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

先ずは字面だけで解釈してみるのも良いのではないかと思っています。

>「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで、相対的なものです。竹島(Liancourt Rocks)ではなくて鬱陵島の隣の竹島(chukdo)の場合でも「望」を用いる可能性はあります。

確かに、どれくらい遠い場合に「望」というのかは相対的なものです。そこで一つの例を挙げます。張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)は、独島を「入山登中峯・・東望海中有一島杳在辰方而其大未満蔚島三分之一不過三百余里」と記し、竹島(chukdo)を「東方五里許有一小島不甚高大海長竹叢生於一面」と書きました。Am_I_AHO_1stさん(Nos.16572, 16576, 16586)やlib_1964_1982さん(No.16577)が述べたたように、ここでは、独島には「望」を用い、2 kmしか離れていない竹島には「望」を用いていないようです。

>これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。

lib_1964_1982さんが詳しく説明されていますが、張漢相も上記のように、「辰方」(東南東)にも「東望」と書いています。なお、竹島(chukdo)は鬱陵島の北東にありますね。dokdo-takeshima.com氏は、先のBevers氏のブログ36番目のコメントで、鬱陵島から北~北東方向に見た竹島の写真を示しています。

「前提となる状況」をみると、上の写真のように竹島(chukdo)は鬱陵島すぐ近くの小さな島です。朝鮮の人々が、いくら人が好くても、鬱陵島の目の前にある小島に日本との国境線を引くでしょうか?

さらに、安龍福は鬱陵島から子山=松島=独島を経由して隠岐に渡っています。日本の人々は隠岐から「戌亥(北西)間行二日一夜」に有る松島を経て、「又一日程」の竹島(鬱陵島)へ渡っております。従って朝鮮の人々は、日本との国境線は、鬱陵島北東にある竹島(chukdo)よりはむしろ、鬱陵島から東南東方向に杳かに見える独島の沖にある、と認識していたとするのが自然ではないかと思います。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/24 9:30 [ No.16627 / 17395 ] 
投稿者 :  chaamiey  
 
(ararenotomo1さんの文章の引用)

  確かに、どれくらい遠い場合に「望」というのかは相対的なものです。そこで一つの例を挙げます。張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)は、独島を「入山登中峯・・東望海中有一島杳在辰方而其大未満蔚島三分之一不過三百余里」と記し、竹島(chukdo)を「東方五里許有一小島不甚高大海長竹叢生於一面」と書きました。Am_I_AHO_1stさん(Nos.16572, 16576, 16586)やlib_1964_1982さん(No.16577)が述べたたように、ここでは、独島には「望」を用い、2 kmしか離れていない竹島には「望」を用いていないようです。
(引用終わり)

 そう読むべきでしょうか。

東方五里許 有一小島 不甚高大 海長竹叢生於一面 霽雨○捲之日 入山登中峯 則南北兩峯 岌崇相面 此所謂三峯也 西望大關嶺逶迤之状 東望海中有一島 杳在辰方 而其大滿蔚島三分之一 不過三百餘里

  2km離れた竹島(chukdo)に「東方五里許 有一小島」と「有」が用いられているのはそのとおりですが、竹島(独島)については、はたして「望」が用いられているということになりますかね。「東望海中有一島」は「東を望めば海中に一島有り」が自然でしょう。これを「東に海中に一島有るを望む」というようなややこしい読み方をしますか。
 しかし、まあ、遠いところをどう表現するかは今の議論からは重要な問題ではなく、問題は近いところの表現です。

  そもそも張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)のこの当たりの部分は、鬱陵島のここはこんな様子だ、あちらはこんな様子だ、ということを具体的に説明するものです。このような場合、近くにある島(chukdo)については、そこに島が「有る」と表現するのはごく当然なことです。「望」という表現が一般的にどういう距離感のときに用いられるかという議論の参考にはできません。



  次に、

  私が「これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。」と書いたことに対して、ararenotomo1さんは、「張漢相も上記のように、「辰方」(東南東)にも「東望」と書いています。」という御意見ですが、これは、東南東は大きく区分すれば「東」と表現してもおかしくないから、ひいては、東南東にある竹島(独島)を東にあると表現しても不思議ではないという意味ですか。

  これも比較対象にできないですね。上に引用した原文から読めるように、張漢相は山に登って、そこから見える四方の説明をしているのです。まず「南北」には高い峯が続いていると言っています。次に、西に大關嶺(これは朝鮮半島・江原道の高原地帯のこと?)が見え、次に東を見ると東南東の方向に島が見えると言っています。
  地勢を説明するときに、いちいち、東には・・・、東南東には・・・、東南には・・・、南南東には・・・というふうに最初から十二方位で説明するのは、特にそうする必要がある場合は別として、普通はしないでしょう。一般的な感覚では東西南北で説明するのが普通ですね。張漢相もそうしました。そして、竹島(独島)については方向が少し違うために詳しく説明しなければいけないと考えたからこそ、「杳在辰方」(東南東遥か)と具体的な説明を付したのではないですか。つまり、東南東にある島のことを大雑把に「東にある」と表現しているわけではありません。


  他の点については、後日あらためて投稿します。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

2008/ 5/25 5:58 [ No.16639 / 17395 ] 
投稿者 :  chaamiey  
 
>竹島(chukdo)は鬱陵島の北東にありますね。

  北東ですか。鬱陵島の中央山頂から見ればそうとも言えますが、鬱陵島について説明しようとする人は、こまごまと説明するならばともかく、端的に説明しようとする場合には、やはり鬱陵島の東にあると言うと思いますよ。 「東方五里許有一小島」(張漢相『蔚陵島事蹟』1694)



>朝鮮の人々が、いくら人が好くても、鬱陵島の目の前にある小島に日本との国境線を引くでしょうか?

 「鬱陵島の目の前にある小島に日本との国境線を引く」とは良く意味が分かりませんが、私は「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」を読むに際して「国境線」という考えは採っていません。私は、ararenotomo1さんに対する最初の反論で、「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」を「欝陵島の東に島が見えるが、その島(chukdo)の先は倭である」と読みました。ここで海は度外視します。Bevers氏のブログにも書きましたが、当時の人々の感覚としては、陸地(もちろん島を含みますが)こそが問題であって、海上の国境線という考えは無かったろうと思うからです。

  だから、「欝陵島の東に島が見えるが、その島(chukdo)の先は倭である。」というのは、もう少し補足すれば、「その島の先の海の向こうには倭がある。」という意味で解釈しています。


  安龍福の話については日本側研究者は信憑性に乏しいと言っていますが、良く調べていないので返事を差し上げることができません。

  • 最終更新:2009-03-09 21:50:56

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