a16575 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝
2008/ 5/21 14:01 [ No.16575 / 17395 ] 
投稿者 :  illegaloccupation1954  
 
>私もcommentを送りましたが、掲示されなかったので、ここに書きます。

送ればいいじゃない。きちんと送れば掲示されるよ。
それとも、嘘をついているのか。

あのブログでは投稿した文章を一旦保留にして、Blog主が表示を選別して留保する機能はついていない。
またBlog管理者が、投稿された文書を削除したときは、きちんと"削除された”旨が記録として残る。

どうもこのお方、嘘をついていて印象操作を計っているとしか思えないな。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/21 15:51 [ No.16577 / 17395 ] 
投稿者 :  lib_1964_1982  
 
chaamieyさんは書きました。
>「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで…

 『望』の字は単に見ると言う意味ではなくて、ない物や見えない所を見ようとする意を含んでいます(詳しくは「漢字源」等を参照ください)。一般には遠くのものは見え難いので、見え難い遠方を見るという意味で使われます。近くのものに『望』をあまり使う事は無いでしょう。このため、chukdoと解釈することは、ちょっと苦しいかと思います。

puracyaka2007は書きました。
>しかし、島嶼とは明らかに複数の島を指します。

 『島嶼』とは、『しま、島々』のことを意味します(詳しくは「広辞苑」等を参照ください)。漢語には、同じような意味の漢字2つを組み合わせて作られた単語が有ります。島嶼もその類です。これは、『島』や『嶼』と解釈するのであって、『島』と『嶼』の両方があるという意味に解釈する必要はありません。もちろん、両方ある場合も、島嶼といいます。
 一つの島なのか群島なのか判定が難しい場合や、区別する必要が無いときに島嶼と言います。このため、現・竹島を島嶼と言わないとする解釈は成り立たないでしょう。

chaamieyさんは書きました。
> これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。
hide_tama88さんは書きました。
>既に他の方が述べられている様に方位も東では「竹島」とは思えませんね。

 ウルルン島から見た場合、現・竹島はおよそ110°程度の方向にあるので、4方位では『東』、8方位では『南東』、16方位では『東南東』になります。このため、『東』『南東』『東南東』どの表示も可能です。『東は竹島の方向ではない』との主張は、まったく誤りです。
 蛇足ですが、この説明だけで分らない人のために補足します。『東の空の初日の出』と言うような表現をする人は多いでしょう。でも、初日の出の方向は、ウルルン島から見た竹島の方角よりも、さらに南です。初日の出と同じような方角を東と表現することは、ごく普通のことです。

 ararenotomo1さんは書きました。
>「欝陵之東島嶼相望」についてはGerry Beversさんの解釈が正しいと思います。「望」は「遠くをみる」の意味がありますから、この島嶼は遠くのLiancourt Rocksでしょう。
  Am_I_AHO_1stさん、同様、この見解を支持します。 


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/21 23:45 [ No.16583 / 17395 ] 
投稿者 :  henchin_pokoider01  
 
>近くのものに『望』をあまり使う事は無いでしょう。
>このため、chukdoと解釈することは、ちょっと苦しいかと思います。

鬱陵島の東、「3km程度」のところに停泊して三仙岩を「望み見た」
らしいですよ。

成宗 72卷, 7年10月27日 丁酉
二十五日西距島七八里許, 到泊望見, 則於島北有三石列立

他にも、こういのがあるね。

成宗 19卷, 3年6月12日 丁丑
向東南, 望見武陵島, 可十五里, 復遇大風, 船纜絶, 漂流大洋中, 不知東西者七晝夜。

成宗 68卷, 7年6月22日 癸巳
又於乙未五月, 漢京等六人向此島, 距七八里許, 望見阻風, 竟不得達。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/22 0:48 [ No.16584 / 17395 ] 
投稿者 :  narumaku61  
 
>ない物や見えない所を見ようとする意を含んでいます。

「望」の字は、意識して見る事を言うので、
あまり距離云々は関係ないと思いますよ。

初めから遠くを見るという意味を含んでいるなら、
「遠望」なんて言葉は必要ない訳で・・。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/22 1:49 [ No.16585 / 17395 ] 
投稿者 :  puracyaka2007  
 
>『望』の字は単に見ると言う意味ではなくて、ない物や見えない所を見ようとす
>る意を含んでいます(詳しくは「漢字源」等を参照ください)。一般には遠くの
>ものは見え難いので、見え難い遠方を見るという意味で使われます。近くのもの
>に『望』をあまり使う事は無いでしょう。このため、chukdoと解釈することは、
>ちょっと苦しいかと思います。

いいえ、辞書的な解説はともかく、現実には殆ど単に見る、見える、眺める程度の意味です。
朝鮮水路誌には「北東東側に於て竹嶼を南南西1 1/4西凡そ2 3/4里に望む」とありますし、軍艦天城の報告には「航走二十里、即ち松島を距る凡そ二里の處に達し、該島の中部を正南に望む。」とあります。
鬱陵島からわずか二里(約3.6km)で鬱陵島が「見えがたく」なるはずはありません。

>『島嶼』とは、『しま、島々』のことを意味します(詳しくは「広辞苑」等を
>参照ください)。漢語には、同じような意味の漢字2つを組み合わせて作られ
>た単語が有ります。島嶼もその類です。これは、『島』や『嶼』と解釈するの
>であって、『島』と『嶼』の両方があるという意味に解釈する必要はありませ
>ん。もちろん、両方ある場合も、島嶼といいます。
>一つの島なのか群島なのか判定が難しい場合や、区別する必要が無いときに島
>嶼と言います。このため、現・竹島を島嶼と言わないとする解釈は成り立たな
>いでしょう。

鬱陵島からLiancourt Rocksはめったに見えないのですから、海岸付近からでも見える竹嶼他をここでいう「島嶼」に比定するのが自然な読み方です。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/21 22:10 [ No.16581 / 17395 ] 
投稿者 :  ahirutousagi2  
 
「詳聞浦人言 平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」の解釈ですが、これは、構造としては以下の対応関係ではないでしょうか。

平海蔚珍(半島:西)― 鬱陵島 ←船路無少礙
島嶼相望(島嶼:東)― 鬱陵島 ←接于倭境

つまり話題の中心は鬱陵島。それに関して一番近い西の蔚珍を示し、逆に一番東側の島嶼についても示した形かと。

問題は「接」の訳し方かと思います。「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」は「鬱陵之東、島嶼を相望み、倭境に接す」という程度でよろしいのではないでしょうか。

島嶼は、普通でよめば竹島に読めます。ただ「接す」をどう解釈するか。「近い」と考えるべきか倭境に「接している[連なる]」と考えるべきか。ちょっと悩みます。

まぁ、どちらでも大した問題ではないと思いますが。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/22 10:03 [ No.16587 / 17395 ] 
投稿者 :  Am_I_AHO_1st  
 
 家鴨と兎さん
>問題は「接」の訳し方かと思います。「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」は「鬱陵之東、島嶼を相望み、倭境に接す」という程度でよろしいのではないでしょうか。

>島嶼は、普通でよめば竹島に読めます。ただ「接す」をどう解釈するか。「近い」と考えるべきか倭境に「接している[連なる]」と考えるべきか。ちょっと悩みます。

 概ね同感です。
 ここでは于山島は登場しませんが、仮にここでの島嶼が于山島としても、朝鮮時代の絵図の中には于山島を大于山と小于山に分けて描くものもありますから、島嶼の意味が単独の島であっても、複数の島々であっても違和感はありません。


 Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

2008/ 5/22 10:11 [ No.16589 / 17395 ] 
投稿者 :  Am_I_AHO_1st  
 
 個人的な意見ですが、結局趙錫命の報告からは、「島嶼」は独島(日本名竹島)として差し支えなく、「倭境」に接するのは欝陵と読み取れると結論して宜しいでしょう。

  • 最終更新:2009-03-09 21:41:38

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